境内案内
当山安産縁起


極楽寺縁起によれば、弘法大師が当山に留錫、「阿弥陀経」を二十一日間読誦された折、
難波の難産に悩む女性が、弘法大師のお加持によって無事安産した。
それでそのお礼にと木彫りの大師像を奉納し、以後安産祈願の本坊として多大な信者を集めたという。
時代は下り明治の頃、大阪住吉に住み難産に悩む婦人が妊娠したので、
安産祈願を受けたところ、ある夜夢の中に弘法大師があらわれ四国遍路をすすめられた。
そこで発心して讃岐まで巡拝して、ここ二番極楽寺までくると急に産気づいたが、
弘法大師より最後までめぐりつづけよとのお告げがあった途端におさまった。
その後何事も無く結願し帰宅したら、男子を無事に出産することができたという。
当山安産縁起と同じ霊験を得て無事出産され感激した婦人は、大師堂の前に安産大師像を奉納された。
これが現在、境内本堂右手に安置せられる安産修行大師像である。
仏足石

お釈迦様入滅後五百年ほどの間仏像を拝む習わしはありませんでした。
人々は偉大なお釈迦様を像として作ること自体あまりに不遜なことと考えたのです。
そこでお釈迦様が説法をして歩いた足跡を象徴的に仏足石として表しお釈迦様の存在を示したのです。
お参りの方法
ご自由に触る事が出来ます。足腰健康に大変ご利益があり、
線香ロウソクをお供えし触れていただきといわれています。
場所:本堂への階段下、平成元年12月建立
鐘楼堂

鐘楼堂と鐘は、昭和48年に建立された。 極楽寺檀家・全国の信徒によるご寄進により、世界平和・先祖の菩提供養の願いといった様々な願いを込められ境内へ安置せられた。 当寺ではお遍路の方・参詣者に自由に撞けるよう普段から開放してあります。(お一人様、一回にして下さい。) 鐘はただの鐘ではなく大事に撞き後世へ、世界平和・先祖供養等願いが伝わりますように・・・・・ 丁寧に扱うようお願い申し上げます。 極楽寺山主 合掌
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抱き地蔵(おもかる地蔵)

その人の願いが叶うかどうかをしめしてくれるお地蔵様
抱き地蔵様又はおもかる地蔵様ともよばれている。
お地蔵様を持ち上げてみて重ければ願いが叶いにくく、反対にかるければ願いが叶いやすいといわれております。
大変有難い事に、いつもお化粧や衣など熱心な信者様により荘厳していただき、
お参りされる方のたえないお地蔵様です。
場所:正面から本堂を見て右側、本堂と大師堂の間です。
釈迦如来石仏

釈迦如来仏教の開祖、ゴーダマ・シーダルッダ人としてはじめて紀元前500年頃に悟りを開かれた。 仏教誕生より時代は進むと人としてではなく、人間として悟りを示される以前より悟りが存在しており、 入滅された後もさとりは肉体と共になくなったわけではなく。一つの仏の一面性をあらわす釈迦如来として有難くまつられるようになり 極楽寺境内にも、熱心な信者様により境内に安置されています。
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一願水掛不動尊

沢山の願い事は聞いてくださらないが、願を立て自身も精進する事を誓った、たった一つの願いをきいて下さるという有難い水掛不動尊です。 私達へ逃げずに立ち向かう力をさずけてくれる有難いほとけさまであり、「不動尊」(ふどうそん)その名のとおり、 艱難辛苦や災難が我が身にに降りかかろうと「動かざること尊し」の心で望むことができれば、必ずその願いが叶うことを不動尊自身がいつも私たちに示しておられます。 憤怒尊である不動尊は、私たちが精進努力を怠れば直ちに眼前にあらわれ、あらゆる手段を持ってありとあらゆる煩悩を滅ぼし、佛の道へ連れ戻す索を持つ。 であるからして、現在に生きる私たちが怠けている時に「おい コラッ」と注意・指導してくれる方は正しく不動尊の化身なのです。